hu-yu 72/food
- 2007/01/31(Wed) -
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 なんだかんだしてからに、今年になってまだ一度も「風土」に行ってなかった。かなり気にしていたのだが、タイミング的に上手く行かなかったのだ。
 何とかしてお正月のうちにご挨拶しておかないと、と思い、昨夜顔を出してきた。滑り込みセーフの30日だ。けれど、マスターも奥さんも今年初めてとは気付かなかったみたいで、今さらの「明けましておめでとう」のご挨拶は無く、ごく自然にいつも通りに席に着いた。
 知り合いのお店に行くときには、ある程度の状況分析が必要になる。すなわち、①静かに飲んでサッと引き上げたいときは、なるべく常連さんや知人のいないときがいい。②一人で行くときは逆に知人が集う週末とかの方がいい。
 最近は一人で出掛けることはほとんど無く、大体がツレと一緒。友人と飲む場合は、家で飲むパターンの方が多い。で、今回もツレと一緒に9時頃に出掛け、閉店時間の10時までさらっと飲んで帰ろうという目論みであった。だから、平日の火曜日という選択も正しかった、ハズだった、途中までは・・・。

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 ・・・10時少し前に、Mさんがやってきた。ツレの証言によると、入り口から一直線にキョロキョロすることもなく最短距離で自分たちの横の席に着いたって事だから、きっとガラス越しに店内を外から物色し、②のパターンで、平日なのに知り合いがいたから、うれしくて入店したのだろう。
 しかし困ったことに、Mさんはすでに酩酊状態。6時から会社の宴会があって、その後に来たということだから、かれこれ4時間も酒を飲んでることで当然といえば当然だ。この時点で、自分たちの目論み①は完全に消えた。そろそろ帰ろうという時間に、新たにお話を始めなければならないのだ。しかも相手はろれつが回らない状態・・・。しかし、来てすぐに「帰る」では、相手を嫌ってるように思われちゃうし、ま、この時点で一時間の延長を覚悟した。幸に他にもお客さんがたくさん残っていたから、お店に気を遣うことが無くて、気軽に居座ることができた。

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 話に加われないツレが完全に飽きまくった11時頃、タイミングを見計らって先にお愛想を済ませ店を後にした。帰る道すがら、何か違ったな・・・、という違和感を感じ、全国チェーンの居酒屋にふらりと立ち寄った。従業員も他のお客様にも誰一人知人のいない空間が、やけにすっきりさっぱり落ち着いた。
 気がつけば今日も午前様。やれやれ、つきあいの長いお店というのはいろんな関係性が堆積しているんだな・・・。

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hu-yu 71/kitakami praza hotel no.3
- 2007/01/30(Tue) -
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 昨日今日と2月号のチラシの最終校正や発送業務などに忙しく、また昨晩は月に一回の同級生の無尽「28会」で珍しく午前様をしたから、blogに関わってるヒマも頭もない。
 こんな時にこそ、前々回に見つけた必殺技、メモワール「北上プラザホテルと帰帆場公園の花々」を登場させてお茶を濁す、のがベスト。今日は、ホテルを少し引き気味にして、景色優先のカットを5つばかりご紹介。すべてコンパクトデジカメで撮影したものだが、小さいCCDはこういった使い方をするときにとても威力を発揮するね。
 こうしてみるとこのホテルは、本当にこの景観にマッチした建物だ。何たってカタチがいい。近頃建てられるホテルは効率優先コスト優先が見え見えで、言っちゃ悪いが居住空間としての最低限のみを保証した留置場を縦に積み重ねていったような、ノッペリとした無味乾燥ブロイラー飼育小屋的なもののオンパレードで、その究極がついでに安全性も無視したアパホテルであろうか、・・・いかんいかんまた話が違う方向に行ってクレームじじいになりそうになってきた・・・、けどさ、アパグループの会長って、安倍晋三総理大臣の後援会「安晋会」の副会長なんだってね・・・。
 だからどうしたココは北上オレは猫。プラザホテルは、帰帆場公園を優しく見下ろして包み込む、いわば観音様のような佇まいを見せるのであった・・・。


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hu-yu 70/no problem,I am a sleeping cat
- 2007/01/29(Mon) -
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 ポカポカ陽気に誘われて、昨日の休日は昼前に散策に出掛け、そのまま久し振りに外で昼食をした。歩いて食事に行くと気兼ねなく酒が飲めるのがベリグで、冷酒も一本いただいた。
 お腹が一杯になってほろ酔い気分になると、またフラフラと歩きたくなり、郊外の大型店まで行ってみた。今時、郊外の大型店に徒歩で行く人など皆無であるから、途中ですれ違う人など無し。中心商店街をヒトが歩かなくなったと中心商店街のヒトは嘆くが、中心商店街に限らず、ヒトはどこも歩いていないことに気がつく。たまに歩いているのは、健康バカだけ。格差社会だ不景気だといいながら、みんなしてクルマで移動しているのだから、以前よりカネのかかることをしていてカネがないといっているのだから余り説得力はない。携帯電話しかりで、公衆電話というどこにもあって10円で掛けられて便利なインフラが瞬く間に撤去されて、その分の費用負担を個人に押しつけているという現実を知らずにありがたがって無駄金を使わされていることに、余りにも無邪気だ。
 テレビでは、あるあるが納豆でウソ付いたってことで、フジテレビ以外の日テレとか朝テレとかがここぞとばかりに「公共の電波」を使って大騒ぎしているが、あんまり騒がん方がいいと思うよ。ヤラセ、仕込みの暴露合戦になって大変なことになるから。
 どこも同じでしょ? 「公共の電波」からやっとサラ金関係のCMが無くなったと思ったら、収入減を補うためかやたらと変な宗教がらみのCMが増え始めたし、80歳でも入れる30年後にもボーナスの出る外資系一生保証の保険会社は、その会社が半永久的に続いて絶対につぶれないと言ってるようなものだが、そんなこと信じているヒトがいるのだろうか。「公共の電波」を使って、カネのため視聴率のためなら何でもやるのがマスコミってヤツだよ。
 納豆食っただけで痩せるわけ無いのに、放送の翌日に納豆売り場(?)から納豆が姿を消し、運動しなくても腹に巻き付けるだけで痩せるだの、通販のインチキ商品ならまだしも天下のナショナルでさえ馬乗りになってロデオのような動きをする機械を作ってこれで痩せるだの、余りにも短絡的に楽して結果だけを求めようとするからカンタンにだまされちゃうんだね。あのクイズダービーだとか11PMだとかでテレビで大もうけした大橋巨泉が言ってた、「今時テレビなんか見てるのは負け組と貧乏人だけだ」って・・・。負け犬と貧乏人は、とことんだまされて搾取されてますます負け犬と貧乏人になっていくってわけで、けだし名言。
 百歩譲って、別に納豆で痩せるってのがウソだったとしても、そんなのいいさ信じる方がバカだし、それによって死んだりケガしたりしたヒトがいないんだから、もっと大切なことがあるあるでしょ、マスコミさん・・・。
 例えばさ、大量破壊兵器を隠し持っているということを唯一の大義名分にイラク戦争を始めて今や泥沼化しているけれど、結局はあんな貧乏な国のどこにもそんな物は無かったって何万人も死んでから分かったわけだけど、そしてその親分のフセインは死刑の様子の一部始終まで撮影されネットで配信されたんだけど、こんな世界中を巻き込んだヤラセ・仕込みを正当化し追随したアメリカとか日本政府に対して、「公共の電波」を使う正義の味方のマスコミ様はいかなる反応をしているか。まるで大本営発表の原稿丸読み垂れ流しニュースだけではないか。こういったヤラセ・仕込みに対して大きな声を上げるのが「公共の電波」を使うマスコミの使命ではないか。繰り返し言うが、納豆食い過ぎて死んだヤツなんて一人もいないんだよ。放送を鵜呑みにしてこれは儲かるとばかりに納豆の大増産をした納豆業者が損しただけでしょ? 崖っぷち犬が新しい名前をもらって新しい飼い主にもらわれていった、なんてのがほのぼのニュースとして「公共の電波」で伝えられていたが、毎年毎年この国では捨てられたり飼い主が持ち込んだ犬や猫が何十万匹も殺されているんだ。相撲で八百長が行われている、ってニュースもあったけど、相撲ってのは元々興業で、いわゆる見せ物なのだ。いろんな地域の身体の大きい力自慢がその地域を代表して土俵に上がり、四股を踏んでその地域に地震とか災害が来ないように大地を鎮める、いわゆる地鎮祭なのだ。だから相撲の力士のしこ名にはその地方の地名を入れることが多かったのだ。今のように年間六回の本場所で90日間戦い、その間に地方巡業を繰り返していたなら、とてもからだが保つわけがない!!
 ・・・なんだなんだ、せっかくポカポカ陽気に誘われて散歩に出掛けたってのに、一気におかしな展開になってしまった。昼食の後に歩き疲れて2時頃に立ち寄った、友人のお店「ふなば亭」で飲んだビールが効いたのかな。やめた。おれも猫になる・・・。

  
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hu-yu 69/kitakami praza hotel no.2
- 2007/01/28(Sun) -
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梅と椿
 一昨日の、「営業停止した北上プラザホテルと帰帆場公園の花」のミニ写真集が大好評だったので(?)、っていうか昨日一杯書いて疲れたので今日は手抜きってことで、シリーズNo.2をお届けします。
 ネタのないときは、No.3とか4とかやりますのでお楽しみ(?)に、お、こいつはいい方法を思いついたものだ ・・・。

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チューリップ

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ハナミズキ

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マーガレット

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秋桜
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hu-yu 68/kousin-kou
- 2007/01/27(Sat) -
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 帰帆場公園の一画に「庚申(こうしん)」と大きく刻まれた石碑がある。その文字の下に二十一名の名前が刻印され、左横には「文政十三年九月初建 昭和三十二年十二月建替」の文字がある。
 昨日は旧暦の十二月六日で、庚申(かのえさる)の日。近所の八名が集まって「庚申講(こうしんこう)」が開催された。まずは夕刻五時四十五分に石碑前に集まり、線香を供え御神酒を回し飲みした。

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 中国の道教の伝説によると、人間の身体には頭、内臓、下半身に一匹ずつの虫が住んでいて、この虫どもは普段から身体の中で悪さをして病気の原因になったりしているのだが、それだけでなく庚申の日の夜に身体から出て天に昇り、その宿主の悪い行いを天帝に告げ口する。その報告を聞いた天帝は、その軽重に応じて、宿主の寿命を減らしてしまうというのだ。
 体内にいる三匹の虫を殺してしまえば問題は解決するが、それには五穀断ちなどの厳しい修行が必要。そこで、庚申の日は一晩中起きていて、三匹の虫が身体から出ていかないよう見張っていよう、という事から始まったのが「庚申講」ということである。
 この夜は村中の人々が当番の家に集まって神々を祀り、その後寝ずに一番鶏が鳴くまで酒盛りなどをして夜を明かすのだ。

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 庚申の日は六十日に一回来るので、庚申講を三年十八回続けた記念に建立されたものが「庚申塔」と呼ばれているものである。
 昔のことは知らないが、自分が参加したときにはすでにこの地域では、その年の最後の庚申の日に庚申講が開催される事になっていた。
 じつは、去年の十一月二十六日が最後の庚申の日だったのだが、このあまりの暖冬ぶりに(?)すっかり忘れてしまい、急遽苦し紛れに今回は「旧暦」という手段を持ち出しての昨日の開催であった。
 父が亡くなってから少しして、この会に代わりに参加するように要請され、何となく年に一回という気軽さもあって参加させていただいている。通常は、近所の飲み屋さんのお部屋を借りて掛け軸を掛け、線香を供えて飲み会をし、最後に必ずお餅を持ち帰るというのがパターンだが、今回は日程変更のお詫びも兼ねて、旧式に則り自分のお店で開催したのだった。
 この庚申講は、いわゆる民間信仰のひとつであるので、地域によっていろいろな取り決めとかがあるらしい。肉・ネギ・ニラなどを食べちゃいけないとか、金属類を身につけてはいけないとか、女子を部屋に入れてはならないとか様々であるが、この会は文字通り一切が無礼講。ただし、ご多分に漏れずにこの会にも高齢化の波が押し寄せ、この十年間だけでも数人の方が亡くなられたり引退したりした。だから、一番鶏が鳴くまで飲み明かすなんて芸当はすでに困難で、六時から始まった宴は十一時前には終了した。お店で開催する場合は、二時間ほどで終了することがほとんどだから、自宅を使ったからこれでも長い方だった。飲む量は高齢といえども相変わらず達者で、ビールでの乾杯もそこそこにメインとして飲んだ日本酒は二升がたちまち空っぽになり、あわてて追加の一升を買いに走り、焼酎のお湯割りを急遽メニューに追加し、都合ビールの大瓶五本、日本酒三升、焼酎一瓶がすっからかんになった。町内会とか地域の集まりでは、何故か日本酒がメインになるのが不思議だ。 

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 当番の家には掛け軸と、今まで延々と受け継がれている参加者・会計報告を期した書類が保管され、開催が終了後に次の当番に引き継がれる。だから自分が当番の時に開催を怠るわけにはいかない。次に渡さなければならないからだ。今回のようについうっかり忘れてしまう、という弱点もあるが、継続を維持するためにはなかなかの先人の知恵だ。
 とにもかくにも「旧暦」という裏技を使って、今回も無事に終了。やれやれ、である。
 今回で五十五回を数えるこの「庚申講」、この写真のように自分が生まれる前の昭和二十四年の記録も残っているが、一年でこの日にしか顔を合わせない人もいたりして、デジタルなこの世にやけにアナログなこの会、これからも絶えずに続きますように・・・。
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hu-yu 67/kitakami praza hotel
- 2007/01/26(Fri) -
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 最近、帰帆場公園を一望するように建つ北上プラザホテルの夜の明かりが点かないな、と思っていたら、今年の一月一日付けで営業を停止した旨の張り紙を見つけた。
 少し前から、水回りの老朽化などからそのような噂が出ていたが、現実となるとかなりショックだった。
 このホテルは、できた当時は北上で一番大きなホテルで、市内で一番豪華な結婚式を挙げるならここだった。27、8年前の親友K氏の結婚式は記憶にまだ新しい。そのほかにも、協同組合北上ラ・ポームの10周年記念パーティもここをお借りして開催したし、最上階のスカイラウンジは町内会の年祝いなどで数回使わせていただいたし、最近では高校のクラブのOB会も月に一回このホテルの1階で開催していた。その他にも幾度となく利用させていただいていたが、近所ということで知り合いの従業員の方も多く、親しみやすいホテルだった。そうそう、北上では数少ない夏のビアガーデンが楽しめる場所でもあった。
 三方がガラス張りのスカイラウンジからは市内が一望でき、特に帰帆場公園を優しく見下ろすことができた。逆に帰帆場公園から見ると、このホテルがあるおかげで公園の存在に画竜点睛を欠くことがなかった。この建物はなくなってしまうのだろうか・・・。
 惜別の意を込めて、今まで帰帆場公園とホテルの美しい関係を写した写真の一部を掲載します。

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春の到来、木蓮とホテル

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4月、公園の桜から遠望するホテル

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サンザシの花(?)とホテル

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5月、ツツジとホテル

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梅雨の晴れ間、アジサイとホテル

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夏、スカイラウンジとビアガーデンの夜景

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秋、アルストロメリア(百合水仙)とホテル

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冬、去年の12月23日、スカイラウンジでの最後のパーティ?
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hu-yu 66/tulip
- 2007/01/25(Thu) -
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 blogのタイトルは相変わらずのhu-yuで、本来なら文字通り1月のこの時期は寒~いサブ~イ冬なのだが、どうするこの先、ヤバいんだなこれが。なにがってアナタ、あまりのバカ陽気にチューリップの芽がピョコンと生えてきてしまったのだ、ピョコンと1月に・・・。
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hu-yu 65/puff, the magic dragon
- 2007/01/24(Wed) -
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 た、大変だっ、竜だ竜だ!!!!! ゆうべ散歩していたら、暗闇からいきなしとーとつに竜が首をもたげて現れ、背後から襲いかかってきたのだ。口からはヨダレをダラダラと流し、今にも食いつきそうな勢い・・・。オレはとっさに反撃態勢に移り、まず最初にスペシウム光線を浴びせ大リーグ1号ボールを投げつけ雷電ドロップをみまいテクマクマヤコンテクマクマヤコンと呪文を唱え撃退した。 あまりに古くさい武器のオンパレードでの攻撃に、さすがの竜も「付き合いきれない・・・」と思ったのだろう、それ以上オレを威嚇することはなかった。
 去り際にとっさに写した写真は、かなりあわてていたので露出不足でかなり暗いが、スクープ写真として掲載しておく。自分の手柄を言いふらして目立ちたがるのは性格に合わないから、もしこのblogをご覧になった方で朝日新聞とか讀賣新聞とかに連絡するのは、アナタの自由におまかせする。岩手日報とか岩手日々の場合は少しローカルだから辞めてくれ、それほどものすごいスクープ写真なのだから、分かるねそこのところ、キミ。
 ・・・あ~あ、丸々二日かかって2月1日折り込みのチラシの原稿を仕上げた。ほとんどかかりっきりで二日間禁酒で取り組んだから、かなり頭が異常になった。毎日毎日酒飲んでると、飲んでる状態が正常で飲まないときが異常になるようだ、科学的には何もデータがないが、そうに違いない。
 あっ、でも竜の話はホントだからね・・・。
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hu-yu 64/kodak blue
- 2007/01/23(Tue) -
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 21日のことだけど、休みだったし今年になって一度も顔を出していない同級生のお店が気になっていたので、お昼時間におじゃました。
 ぬる燗をゆるゆると飲りながら、しばし雑談。その後、風もなく天気もバッチリ良かったので、駅前のそのお店から夜の繁華街を縦断して、詩歌の森公園までフラフラとお散歩した。
 まるで、絵に描いたような青空。夜の繁華街には、当たり前だがほとんど行き交う人もクルマもない。ましてや今日は日曜日、スッコーンと道路の上には何もナシ、猫の姿すら見えない。
 コダクロームのポジでEPR64というフィルムが昔あって、南の島で空を撮ると青がフィルムの周辺に行くに従ってグラデーションがかかって紺色っぽくなり、コダック・ブルーと呼ばれていたのを思い出し、いろいろと設定を変えてデジカメで再現を試みたが、やっぱいまいちって感じであった。
 「明日に架ける橋」などのヒットで知られるサイモン&ガーファンクルが昔、「ボクのコダクローム」という歌にもしたこの有名なフィルムも、ついに生産中止とか。「写真」はすべて「画像」として処理され、カンタンベンリに巷に溢れかえっている、かく言うこのblogにしても・・・。 
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hu-yu 63/spring has come!?
- 2007/01/22(Mon) -
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まだまだ蕾に近いが、咲き出した繁縷(はこべ)の花。

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例年4月になると地面を覆い尽くすヒメオドリコソウの蕾も・・・。

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オオイヌノフグリの薄紫の小さな花もあちらこちらに・・・。

 ビックリした。かれこれ十年ほど裏の帰帆場公園近辺で四季折々の写真を撮り続けているのだが、昨日の朝、地面に何やら白くて小さなものがチラチラと見えたので良く見たら、な、なんと繁縷(はこべ)の花だった。まだ1月、大寒だというのに・・・。  
 帰帆場公園近辺は自然環境に恵まれていて、朝日が遮られることなくそのまま燦々と降り注ぎ、石垣の石の連なりがその熱を蓄熱し、豊富なわき水が絶えることなく湧出しているから、あらゆる植物が他の地域に比べてはやくその顔を出す。
 それにしても過去の写真を調べてみると、はこべの花が雪をかき分けかき分けしてその可憐な顔を見せるのは例年だと速くて3月下旬、通常では4月頃なのだ。それが、まだ咲き誇るという状態では無いが、あちらこちらに顔を見せ始めている。
 子細に調べると、はこべの他に雪の下から真っ先に顔を出して春の到来を告げる花の3点セット、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリもあちこちに見え隠れしているではないか・・・。
 季節は明らかに2ヶ月早く推移している。雪に閉じこめられた生活よりも花に囲まれた毎日の方が楽しいのは事実だが、何か暖冬もここまでくると、何やら不気味になってくる・・・。 
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